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千葉地方裁判所 昭和63年(わ)287号 判決

本籍

群馬県新田郡笠懸村大字阿左美四七五番地の一三

住居

右同所

団体役員

石関幹夫

昭和二二年九月九日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官鈴木敏彦及び弁護人渡辺興出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、千葉県船橋市豊富町六八六番地に居住して農業を営む矢橋啓郎、元川渡らと共謀の上、右矢橋の昭和五九年分の所得税を免れようと企て、架空の資産譲渡費用を計上するなどの方法により所得を隠匿した上、同年分の同人の実際所得金額が二三三一万五九五三円、分離課税による長期譲渡所得金額が二億七〇万四〇〇〇円であったにもかかわらず、昭和六〇年三月一四日、同市本町二丁目二七番二五号所在の所轄船橋税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が一九七三万七一五五円、分離課税による長期譲渡所得金額が五〇三七万二七〇〇円で、これらに対する所得金額が一六九八万二六〇〇円である旨の偽りの所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、昭和五九年分の正規の所得税額六八四七万三六〇〇円と右申告税額との差額五一四九万一〇〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  大野末一の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する各供述調書

一  矢橋啓郎(謄本を含む。)、元川渡(謄本を含む。)、工藤義昭、深山泰嗣、飯島輝雄及び川尻誠一の検察官に対する各供述調書

一  大野末一の検察官に対する昭和六一年三月一一日付け、同月二一日付け、同月二二日付け、同月二四日付け(三三丁の一五項の初めから三七丁七行目まで)及び同月二七日付け(証第四〇号と記載のあるもの)各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書、脱税額計算書説明資料、利子収入調査書、雑費調査書、測量費調査書、収入印紙調査書、給付補てん備金調査書及び各検査てん末書(いずれも謄本)

一  検察事務官作成の捜査報告書(添付書面を含む。)

一  千葉地方法務局船橋支局登記官作成の各登記謄本(いずれもその謄本)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人は、被告人は共同正犯ではなく、幇助犯に過ぎない旨主張する。

しかしながら、前掲各証拠によれば、同和会の架空領収証を利用して矢橋に脱税させることを思いついたのは被告人であり、被告人がこれを矢橋に勧めて同人をその気にさせ、他方、岡山に赴いて同和会の会員である元川らに力を貸してくれるよう頼み込み、東京で矢橋と元川らを引き合わせたことが認められるうえ、矢橋から領収証の金額を一億五〇〇〇万円としたいと聞くや、これを元川に伝えて領収証の作成を依頼し、納税申告書を提出する際にも、矢橋、元川らとともに自ら税務署近くの喫茶店に集まり、配下の大野末一を牧らとともに税務署に行かせていることが認められ、右領収証の作成行為や申告書の提出行為それ自体はしていないものの、これらとほとんど同視できる行為を行ってもいるのである。また、その動機についてみても、本件により直接金銭を得ようとしたものではないが、当時矢橋から同人所有の土地を買い入れ納骨堂をつくって分譲する計画を進めていたのに自分らの側の問題で土地売買が実現できず矢橋に迷惑をかけていたことから、同人に右売買を断わられることを恐れ、その歓心を買いたかったことにあるものと認められ、これは結局右計画を実現して自らが多大の利益を得たいがための行為と評価される。

してみると、被告人が幇助行為をしたにとどまるとする主張は採用の余地がなく、もとより他の共犯者らとの間に共謀が成立することも明らかであるから、被告人が共同正犯の責任を問われることは当然である。

なお、被告人は第一回公判において、本件は節税と考えていたものと、本件の違法性を認識していなかったかの如き陳述をしたが、被告人は本件領収証が架空のものであることを承知していたのであり、同和会の領収証であれば税務署もこれを厳しく調査せずにこれを認めるであろうから、その結果納税額が少なくなると考えていたもので、税務署にこの領収証が架空であることが発覚した場合にまで認められるものではないことはわかっていたというのである(被告人質問)から、本件犯行が違法であることを十分に認識していたというほかない。

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山俊雄)

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